東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)26号 判決 1985年9月03日
原告
吉田秀治
右訴訟代理人弁理士
吉井昭栄
吉井剛
被告
特許庁長官
志賀学
右指定代理人
奥田稲美
外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 特許庁が昭和五五年審判第一四八三四号事件について昭和五九年一二月一三日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三三年七月一一日、別紙(イ)記載のとおりの構成による商標につき、旧商標法施行規則(「大正一〇年農商務省令第三六号」をいう。)第一五条所定の類別第四七類「穀菜類、種子、果物、穀粉、澱粉及其ノ製品」を指定商品として商標登録出願をなし、昭和三四年一二月七日、登録第五四五三三〇号商標(以下「本件商標」という。)としてその設定登録を受けた。
原告は、昭和五四年六月三〇日、本件商標の商標権存続期間の更新登録出願をなしたところ、昭和五五年五月二五日拒絶査定を受けたので、同年八月七日審判を請求し、昭和五五年審判第一四八三四号事件として審理されたが、昭和五九年一二月一三日、「本件の審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は、昭和六〇年一月三一日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
1 本願の特許庁における手続の経緯、本件商標の構成及び指定商品は、前項記載のとおりである。(なお、審決中、本件商標の登録出願日につき「昭和三四年七月一一日」とあるのは、成立に争いのない甲第二号証(本件商標の出願公告公報)により、「昭和三三年七月一一日」の誤記と認める。)
2 本件商標は別紙(イ)に表示したとおりの構成のものである。これに対し、請求人(原告)が商品「麩」について本件商標の使用の事実を示す書類として提出した写真に示されている商標(以下「使用商標」という。)は別紙(ロ)の1ないし4((ロ)の2、3、4は(ロ)の1の拡大写真)に示したとおりの構成のものである。
そこで、本件商標と使用商標とを比較するに、前者は黒く塗り潰した肉太の円輪郭内に中心部から先端に向かつて太くひらいた喇叭様の図形を上下左右にクロスさせたうえ、四箇所の空白部分に三辺が若干の膨らみを持つた三角様の図形を配し、該図形の下方には「まるよね」及び「印」の各文字を上下二段に書して成るものであつて、その構成は図形と「まるよね印」の文字の結合より成るものと認識されるのに対し、後者は、赤く塗り潰した肉太の円輪郭内に漢字の「米」の文字を配し、前記輪郭外の下方には「まるよね」の文字を書して成るものであるから、使用商標は「まるよね」の文字以外の部分において本件商標の構成の一部を著しく変更して成るものであることは明らかである
してみれば、請求人(原告)が本願の出願と同時に提出した登録商標の使用説明書における商標の使用の事実を示す書類に表示された商標は、本件商標の使用ということができない。
したがつて、本願は、本願に係る登録商標をその指定商品について使用していないものといわざるをえないから、商標法第一九条第二項ただし書第二号に該当し、登録することができない。
三 審決を取り消すべき事由
本件商標及び原告が商品「麩」について使用している使用商標の各構成が審決認定のとおりであること、使用商標が「まるよね」の文字以外の部分において、審決認定のとおり、本件商標の構成の一部を変更して成るものであることは争わないが、使用商標の使用をもつて本件商標の使用には当たらないとした審決の認定、判断は誤つており、これを前提に更新登録をすることができないとした審決は違法である。
1 商標法は、商標権者が使用している登録商標のみが保護すべき価値があるものとし、不使用の登録商標を排除すべく、商標権の存続期間の更新登録制度を設け、右更新登録の出願に際しては、登録商標と使用商標との同一性を判断するための資料として、登録商標の使用説明書の提出を義務づけている。
ところで、登録商標と使用商標の同一性は、具体的妥当性を確保するために、単なる物理的同一ではなく、社会通念上同一であるか否かによつて決せられるべきものである。
そして、商標は、その全体で自他商品の識別力を発揮するものであるから、登録商標と使用商標が社会通念上同一であるか否かということは、当該業界の取引者が、両商標全体を対比観察して同一とみるか否かにより決定されるものである。
さらに、商標の同一性を論ずる場合、商標の称呼、外観及び観念の三要素が重要であることは明らかであるが、通信手段の発達した現在においては、電話等で取引が行われていることに鑑みれば、商標の称呼は、商標の外観に匹敵する程度に重要なものとして考慮すべきである。
以上述べたところからすると、更新登録制度における登録商標と使用商標の同一性の判断は、商標の称呼の同一性が確保されている場合とそうでない場合とでは同一に論ずることはできず、商標の同一性が確保されている場合には、そうでない場合に較べて、商標の同一性の判断はゆるやかに行つても不合理ではないものというべきである。
2 ところで、本件商標は、「」の図形部分と「まるよね」なる文字部分とから成り、使用商標は、「」の図形部分と「まるよね」なる文字部分とから成つていて、両商標はいずれも、その文字部分から「まるよね」の称呼を生じる。
本件商標と使用商標の図形部分が外観上多少相違することは認めるが、使用商標は、「まるよね」なる称呼をさらに明確にするために、「」と図形部分を少し改変しただけのものである。
右のとおり、本件商標と使用商標は、称呼において全く同一である以上、図形部分に多少の相違があるとしても、使用商標の図形部分は、「まるよね」の称呼をより明確にするための改変にすぎないから、両商標は社会通念上同一というべきであり、使用商標の使用は本件商標の使用に当たるものというべきである。
別紙
(イ)
本件商標
第三 被告の答弁及び主張
一 請求の原因一及び二の事実は認める。
二 同三のうち、本件商標及び使用商標は、それぞれの文字部分からともに「まるよね」の称呼を生じることは認めるが、両商標は社会通念上同一であつて、使用商標の使用は本件商標の使用に当たる旨の主張は争う。
審決の認定、判断に原告主張の違法はない。
本件商標の図形部分である
「」と使用商標の図形部分である「」は、いずれも各商標を構成する重要な部分であり、かつ、看者に強く印象づけられるものであつて、その差異は、前者が円輪郭内に中心部から先端に向かつて太くひらいた喇叭様の図形を上下左右にクロスさせたうえ、四箇所の空白部分に三辺が若干の膨らみをもつた三角形の図形を一体に配した構成より成るものであるのに対し、後者は、円輪郭内に漢字の「米」の文字を配して成り、全体として円輪郭と漢字の結合であるから、両商標は、この部分において著しい差異が存する。
してみれば、使用商標は、本件商標中の「」の部分を
「」に著しく変更して使用したものというべきである。
なお、原告は、商標の称呼の同一性が確保されている場合には、商標の同一性の判断はゆるやかに行つても不合理ではない旨主張するが、称呼の同一性のみをもつて商標の同一性を認めることはできない。
以上のとおりであつて、両商標は、それらの文字部分からいずれも、「まるよね」の称呼を生じるとしても、全体として別異の商標であるから、社会通念上同一であるとはいえず、使用商標の使用をもつて本件商標の使用ということはできない。
第四 証拠関係<省略>
理由
一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
<証拠>によれば、本件商標は、別紙(イ)に表示のとおり、黒く塗り潰した肉太の円輪郭内に中心部から先端に向かつて太くひらいた喇叭様の図形を上下左右にクロスさせたうえ、四箇所の空白部分に三辺が若干の膨らみを持つた三角様の図形を配し、該図形の下方には「まるよね」及び「印」の各文字を上下二段に配して成る構成のものであること、原告が商品「麩」について使用している使用商標は、別紙(ロ)の1ないし4に表示のとおりの構成のものであつて、赤く塗り潰した肉太の円輪郭内に漢字の「米」の文字を配し、右輪郭外の下方に「まるよね」の文字を書したものであることが認められ、両商標の文字部分から、ともに「まるよね」の称呼を生じることは当事者間に争いがない。
ところで、登録商標を使用しているか否かの認定は、使用に係る商標が登録商標と社会通念上同一のものと認識しうるか否かによつて決すべきものであり、右判断に当たつては、登録商標に係る指定商品の属する産業分野における商取引の実情を考慮する必要があるものと解するのが相当である。
本件において、本件商標と使用商標は、その文字部分から、ともに「まるよね」の称呼を生じるけれども、前記認定したところによれば、前記各図形部分は、両商標を構成する重要な部分であり、その間に顕著な差異が存するものと認められるところ、本件商標に係る指定商品の属する産業分野の取引において、右差異にもかかわらず、使用商標が本件商標と同一性を有するものとして認識され、通用している実情にあることを認むべき証拠はない。
なお、原告は、登録商標と使用商標の称呼が同一である場合には、両商標の同一性の判断はゆるやかに行つても不合理ではない旨主張するが、そのように解すべき合理的根拠はなく、原告の右主張は採用できない。
以上のとおりであつて、使用商標は、本件商標と社会通念上同一であるとはいえず、使用商標の使用をもつて、本件商標の使用ということはできないとした審決の認定、判断に誤りはない。
三よつて、審決の違法を理由として、その取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する
(裁判長裁判官秋吉稔弘 裁判官竹田 稔 裁判官濵崎浩一)